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こちらは岩手県大船渡市出身の小説家・野梨原花南の記憶・体験・創作による仮想旅行記です。
「被災地」ではない各地の顔を知って欲しく開設いたしました。
楽しんでいただければ幸いです。

2011年3月18日金曜日

第二回 車内


前の人にならって、あなたは整理券を取ります。
「ワンマン」
という文字とか
「開 閉」
と書かれたでっかいボタンとか
「お手洗い」
の看板とか
色々気にはなります。

車内はかなりの混雑です。ボックス席と、長椅子があります。
長椅子は埋まってしまって、ボックス席もほぼ埋まってしまって、
四人がけのボックス席に三人座っているのはみつけましたが、
荷物が置かれています。
あなたは、まぁいいか、立っておこうと思いますが、ふと、
そのボックス席の一人と目が合い、荷物を退かされます。

いいのに。

と思いつつ、その人は手招きまでします。

しかたがない。

あなたは頭を下げてその席に座ります。
手招きをしてくれたのは、年配の男性でした。
ボックス席は年配の女性たちで埋まっています。
あなたは男性の隣に座ります。
「すみません」
男性はうん、と頷きます。
「なにあんだどっからきたのすか」
女性が言います。
「あっ、え、り、旅行です」
返事になってませんが女性は気にしません。
「あらそうなのー。ちょっと佐藤さん、このひと旅行だど!」
他の女性たちが会話に入ってきます。
通路を挟んだ向こうのボックス席の女性たちも身を乗り出してきます。
「あんらー」
「なになに」
「旅行だずど」
「あんれーどこまで?」
あなたは何とか答えます。
「さ、盛、です……終点……一応」
「あらそうなのー」
「猊鼻渓さ行がいや」
唐突に言われます。猊鼻渓。路線図にありましたね。
「ほんだほんだ」
そうよそうよ。
「んだんだ」
そうよそうよ。
「せっかくきたんだら舟っコさ乗らいや」
せっかくこちらまでいらしたのですから、舟に乗ってはいかがですか?
「ちょっと熊谷さん、あんだ猊鼻渓のどこだがおいしいって」
熊谷様、あなた、猊鼻渓のどちらかの食堂がおいしいと行ってらっしゃいましたよね?
教えて差し上げてはいかがかしら。
「郭公団子食べらい」
かっこうだんごをおあがりなさいな。
「石ッコ投げてハ」
石をお投げなさいな。
「売店、呼び込みうるさくなったずど」
ところで皆様、あちらの売店、呼び込みがうるさくなったそうですわよ。
「やんたなー」
ま、いやね。
「やんたねー」
そうねいやね。
「めぐせがなー」
いやだわ、みっともなくてよ。
何語だろう。
そしていつ途切れるんだろう。
何言われてるんだろう。
返事求められてるんだろうか。
あなたは色々思うでしょうが、女性たちの言葉に口を差し挟む余裕はありません。
返事は求められていませんが、何も言わないと、
「なにか語らいや」
とか理不尽なことを言われます。
男性が、ぽつり、と、言います。
「おらど、今、成田から来たんだじゃい」
私どもは今成田空港から参りました。
「え、あ、そ、そうなんですか……」
男性の喋り言葉はゆっくりしています。
「農協の旅行だ」
「どこ行かれたんですか?」
「ドバイさ」
農協の旅行は、意外な所を選ぶところがあります。
「どっ。土倍、ですか」
あなたはどこなのかわかりません。
「うん。景気いいとこ見るのも勉強だがらな」
「あんだーいがったどドバイ」
ねぇ、旅人さん、私たち土倍で楽しかったの。
あなたは思います。土倍ってどこだ。千葉?
別の女性が言います。
「ほんっだ! ビルこんなだぞこんーな高い! おら、登っておしっこもれそうになって」
そろそろ翻訳は不要ですね。
「ちょっとやんだあんだおしっこだっづ」
「やんだよー」
「やんだやんだ」
「あららほほほ」
また、男性がぽつりと言います。
「せつねど」
無視されます。
「ほんで鎌田さん、あんどきのあれ」
「やんだーもー言わないでけらいもーおらおしょすいがーやんだやんだ」
笑い声のなか、あなたは男性に言います。
「せつねどってなんですか」
「うるせぇと言う意味だ」
「おしょすいがーってなんですか」
「恥ずかしいよう、という意味だ」
「……ありがとうございます」
いきなりあなたは腕を叩かれます。
「ほらあんだピーナッツ食べらい。うんまいぞ」
「うめぇがなー」
「さすが産地だ。おらどごでは出来ないな」
「寒いがらね」
「なじょにがなんねべがね」
少し真剣な女性たちの会話に、男性が噴き出します。
「おら、やんたぞ。やらねぇがらな」
「わがってる。おとうさんば梨作って貰ったらいいからよ」
「村上さんの梨うんめぇがらねぇ」
「最高だでば」
発車のベルが鳴ります。
駆け込んで来る男子高生の後ろで、ドアが閉まります。
運転席から大きな声がします。
「駆け込まないでけらい! あぶねぇよ!」
男子高生が答えます。
「すみません!」
息が切れています。
確かに、ここで一本逃すのはいたいのかも知れません。本数は多くはありません。
おばちゃんたちの一人が、男子学生に言います。
「あんだピーナッツ食べらい」
え、どうするの……
あなたは思います。
男子学生は言います。
「いらねぇです」
「うんまいぞ」
「好かないのす」
「あ、そう」
男子学生はひょこっと頭を下げて会話は終わりました。
見習いたい。
思いながらあなたはピーナッツのからを剥きます。


続く